目標・目標を持たせる。
勉強をする上で一番重視しているのが「目的・目標」です。
前回、先進国と途上国の違いについて少しお話をしましたが、
途上国の人々にとって、勉強と仕事(お金)は密接な関係と言えます。
生まれてから死ぬまで、外国語が話せなくても
様々なチャンスや選択肢がある日本に対して、
外国語が話せないだけで食事をするのも大変な国があります。
「ハングリー精神」
「危機感」
で見ると、日本人よりカンボジア人の方が数倍長けているように思えます。
ですから、日本語を勉強する上で、
「目的・目標」をしっかり持たせる事で、
彼らの持続力や集中力を高める結果が生まれます。
私の学校は無料で勉強できますが、
もし「目的・目標」が無ければ、
学生はすぐ辞めたり、不真面目だったりと
「無料」と言うワードだけに惹かれて学校に来ます。
ですが、「目的・目標」を持って勉強している学生は、
無料の授業を休んだり、サボったりしては
「勿体無い」と感知して学校に来ています。
また、私たち学校側の心構えとしても、
学生からお金をもらって日本語を教えているビジネス感覚ではなく、
「人を育てる」
「人を導く」
と言った、指導者感覚が非常大きいです。
聞く、話す、見る、復習を繰り返す。
学生の大半は仕事(中高大学校)の前か後で日本語を勉強しに来ます。
1日1時間で平日のみ、
月で見ると平均して約20時間程度しか勉強が出来ません。
教科書は現地で馴染みのある「みんなの日本語」を使っています。
教科書はこれまで色々試してみましたが、
「カンボジア人先生が使いやすい」
「現地に馴染みがる」
「手に入りやすい」
などから、結局「みんなの日本語」に戻っていました。
ですが、戻した理由はそれだけではありません。
上記でもお話しした様に、
この国の人々の勉強に大切なのは教科書ではなく、
「目的・目標」になります。
ですから、これまで教科書を重視していたのを、
「目的・目標」が速く達成できる事を重視する様に考え方を改めました。
カンボジア人先生に馴染みのある教科書だからこそ、
先生の個性が出し易く、教え方に工夫がし易く、
より分かりやすい授業が出来る。
また各課の内容によってペース配分がし易く、
補助教材を取り入れやすく、短い時間で中身の濃い授業が可能になりました。
今は、
復習(宿題提出、聴解・読解問題練習)
→新文法(クメール語※母国語:短文を日本語で発表)
→文型(日本語を読んでクメール語に翻訳)
→例文(日本語を読んでクメール語に翻訳)
→動画教材(PC使用、日本語で説明、10分程度、文法・文型・例文)
→会話(各人物に別れ日本語を読んでクメール語に翻訳)
→動画教材(PC使用、日本語の会話※教科書と同じ、5分程)
→練習問題一部(残りは宿題)
ひとつの課を最短で2時間で終われるスキームで授業をしています。
(担当先生、クラスによって少し異なります)
授業にスピード感を持たせる。
学校当初はゆっくり丁寧に授業を行っていました。
授業についてこれない学生がいない様に、
ひとつの課に時間をかけてじっくり教えていました。
ですが、半年経っても1年経っても日本語が上手になりません。
1日1時間だから・・。
と、時間のせいにしてしまっていました。
通常ひとつの課に4~6時間必要
(日本語能力試験N5レベル範囲までの必要時間は25課で150時間目安)
と教科書に記載がありますが、
これでは簡単な意思疎通ができるレベルまでに
8ヵ月ほどかかってしまう計算になります。
それも自宅で復習や宿題をしっかりやっての話になります。
人がモチベーションを持ち続けるのは簡単ではありません。
これはカンボジア人でも同じです。
毎日勉強して、半年経っても全く会話が出来なければ
モチベーションも下がります。
逆に、3ヵ月勉強して日本人と少し会話が出来れば
モチベーションも上がり、もっと勉強したいと思います。
「理解する」と言うのは大切な事ですが、
それ以上に「前に進む」の事の方が今は大切に思えます。
とにかく前に進む、理解してもしなくてもひと通り終わる、
合っていても間違っていても話す。
今は1年で日本語能力試験N4レベル取得を目指して頑張っています。
毎日の宿題は必須。
宿題は慣れるまで、学生から
「え~」
「もう少し少なくして欲しい」
などと声が出るかもしれませんが、
一旦習慣になってしまえば言わなくてもしてきます。
私の学校では毎回の宿題を授業中に出来なかった問題と決めています。
学校では1時間しか日本語に触れる時間はなくても、
自宅に帰って宿題をしている時間は日本語に触れています。
日本語を早く覚えるのに、
10分でも30分でも多く日本語に触れていた方が良いと思います。
1日休むと授業について行けない
危機感(勿体無い感)を持たせる。
上記でお話しした、
1回の授業内容を濃くする(聞く、話す、見る、復習を繰り返す)事と、
授業にスピード感を持たせる事で、この感覚を持たせます。
すぐにこの感覚を持たせるのは難しいと思いますが、
「継続は力なり」
ここは辛抱強く続けるしかないですよね。
ボランティアに参加させる。
道徳的な授業になると思います。
途上国の人々は外国から支援を受ける事は慣れているケースが多いですが、
支援する側の経験はあまりありません。
「私たちは貧乏だから支援して下さい。」
これが当たり前になっている地域は世界中にあると思います。
日本はお金持ちの国だから、
先進国だから・・・支援を簡単に考えている人も多いです。
ですが、実際は支援やボランティアは非常に大変で、
時間もお金もたくさんかかります。
支援する側、される側、両方を知る事で気付くこともります。
常にチャンスを与え続ける(告知する)
日本語を勉強する上で、
最初から明確な「目的・目標」を持っている学生は少ないです。
また、「目的・目標」が明確であれば日本語を勉強したい学生もいるはずです。
私の学校は日本語を教えるだけの場所ではありません。
常に、
「生きる術」
を教えられる学校でありたいと思います。
最後に。
私の学校は決して日本語レベルの高い学校ではありません。
私含む先生のレベルも高くはありません。
校舎も小さく、室内室外合わせて3教室しかありません。
ですが、夢や希望はいっぱいあります。
訪れてくれる日本人も多いです。
私は、
「本質」と「現象」
と言う言葉をよく使いますが、
私の学校に学生が集まる理由はお分かり頂けましたでしょうか。
常時70~80人の学生が日本語の勉強を頑張っています。